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福島県史料情報 第15号(平成18年5月25日発行)

 
 目 次
 『会津細見絵図』
 寛永20年(1643)、保科正之が山形から会津に入部し、会津藩は成立した。本図は手書彩色の会津藩領内図である。会津藩本領の会津四郡(会津・耶麻・河沼・大沼)と越後国蒲原郡小川庄23万、「南山御蔵入領」と呼ばれた預地五万石余を描いている。絵図一面に点在する小判形は藩領内の村々である。小判形は組ごとに色分けされ、村名が記載されている。色分けされた小判形は余白の凡例に対応する。凡例には、色分けされた丸印が並び、福良組・滝沢組などの組名が記載されている。郡境は白筋、河川は青筋、道は朱筋で表示される。若松城の所在地には、黄色の鍵状の枠内に「城府」とあり、葵紋が描かれている。 年不詳『会津細見絵図』(馬場篤家文書-1 92×112cm)の写真
年不詳『会津細見絵図』
(馬場篤家文書-1 92×112cm)
 本図の特徴は藩領域を周回する山稜線(分水嶺)に対して、「此飯豊山嶺国界」「此鬼面山嶺通国界」「此田代山嶺通国界也」など、国境・郡境を画定する文言が詳細に記述されていることである。尾瀬沼を水源とする只見川(揚川)上流は正保3年(1646)、幕府裁定により陸奥・越後国の国境となった。尾瀬沼・只見川の文言は「此小瀬沼不動滝迄中央国界」「此不動カ滝ヨリ大鳥沢迄揚川中央国境」とある。また、「沼尾峠ヨリ石延峠迄之間境山不相知」(沼尾峠から石延峠の間は耶麻郡と安達郡の郡境が不明である。)、「「此櫛曽根山嶺通国界、但出羽ノ国ニテハブナ山ト云」(櫛曽根山は出羽国ではブナ山と呼ばれている。)、このような未画定の国境・郡境、異同ある呼称の文言も散見している。
 会津藩は陸奥国南部に置かれた藩である。会津藩に接する国は下野・上野・越後・出羽国、郡は信夫・安達・安積など五郡である。国境・郡境は藩境でもあった。
 作者は余白に「御絵図師小田切尚記撰」と記載されている。作成目的は不明であるが、本図は藩領域統治のために作成された絵図と推測される。
(阿部俊夫)
  
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 漢籍と目録
 前号のこの項で、「漢籍」には、その出版地に応じて、概ね「唐本」(中国大陸)・「朝鮮本」(朝鮮半島)・「和刻本」(日本)の三種が存在すると述べた。つまり漢籍は、日本だけでなく東アジア全域に存在する歴史資料であり、その整理法も国際的な基準が存在している。 「論語」(日光院文書-110)の写真
「論語」(日光院文書-110)。
四庫分類では、経部に属す。
 現在、最も普及している整理法は「四庫分類」であろう。これは、中国の六朝時代(3世紀から6世紀頃)に宮中で行なわれていた蔵書分類に起因するといわれ、漢籍をその内容によって経部・史部・子部・集部に分類する方法である。
 まず、経部とは、中国において最も重んじられた儒教の経典や注釈書のことで、それらを読解するために必要な訓詁学に関する文献も含む。次に、史部とは、歴史と地理に関する書籍を中心とし、政治・経済・法律関係、さらに書物や金石の目録も対象とする。
 また、子部では、儒家以外の思想書や諸子百家の著書、ほかに宗教や医学など他の三部では扱わない雑書までを含む。残る集部では、文学書や文学評論全般を収録する。
 この分類法は、清朝の乾隆帝が編纂を命じた叢書「四庫全書」にも採用され、日本でも広く用いられた。なお、史部と子部については、日本語では同音となるため、前者と「シブ」、後者を「コブ」と区別することもある。
 日本十進法分類が一般的となった図書館界でも、こと漢籍に関する限りは、依然として、この四庫分類を採用している場合が多いようだ。したがって、文書館における漢籍整理でも、この整理法を用いることが最適であると思われるかもしれないが、問題はそれほど単純ではない。
 なぜならば、この四庫分類は漢籍のみを対象とした整理法であり、和書や古文書と漢籍が混在している日本の史料群の存在を、当然のことながら想定していないである。
 つまり、漢籍のみを抽出して整理する方法では、原秩序の保存という大原則に違反し、その史料群における漢籍の位置づけが分からなくなってしまうのだ。ここに文書館における漢籍整理の難しさが存在しているといえよう。
(山田英明)
 
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 新出の帝国貴顕御肖像
 酒井一家文書は、会津郡大新田村(現南会津郡南会津町大新田)名主で水根沢村(同水根沢)名主を兼帯した名主文書および役場文書で、総件数は634件。これらは既に『歴史資料館収蔵資料目録』第20集に収録され、閲覧・公開されている。 帝国貴顕御肖像(酒井一家文書―547)の写真
帝国貴顕御肖像(酒井一家文書―547)
 この石版画の画題は余白の切除のため欠落しているが、作品内容から「帝国貴顕御肖像」と称されるものであろう。この作品データは次の通りである。外寸は33.9×48.8cm、画寸は31.1×39.2cm。印刷技法は、多色石版刷りに筆彩が加えられている。また、裁断された余白の一部が補強紙として裏に貼付されており、その残画から神田錦町貳丁目四番地の太田義二製版であることが判明する。御届の記載は左下にあるが、擦れのため不鮮明であり、七日御届としか判読できない。『描かれた明治ニッポン』によれば、太田義二の作品は明治15年から21年までのものが知られており、この作品も覚書の構成から概ねその間のものとみなすことができよう。
 上には内側を向いた二角三爪の龍と雲紋が、下には外側を向いた二角三爪の龍と水渦紋が、明治天皇と昭憲皇后を守るように配されている。これは王権を象徴しており、画像主が天皇・皇后像であることを表している。容貌の表現が若干稚拙な印象を受けるが、石版多色刷りによる天皇・皇后像の珍しい史料として貴重なものといえよう。
(渡辺智裕)
 
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 ふくしまの火山
 日本には108の活火山がある。福島県には磐梯山・吾妻山・安達太良山・燧ヶ岳・沼沢の5山があり、那須岳が隣接している。そのうち磐梯山と吾妻山、安達太良山、那須岳は、気象庁が常時観測している。 『累世年鑑』付図(部分、渡辺弥平治家文書その1-500)の写真
『累世年鑑』付図
(部分、渡辺弥平治家文書その1-500)
 吾妻山は山形県との県境に位置する火山群で、2035メートルの西吾妻山を筆頭に、2000メートル級の山々が連なっている。火山活動は約30万年前から始まったとされ、現在に至るまで断続的に噴火を繰り返してきた。
 明治26年(1893)の噴火は、記録上最も大規模なものである。一切経山南麓の燕沢付近を火口とし、調査中の技師らが死亡、多量の降灰をもたらした。このときの様子を記録した史料がある。伊達郡川俣町の渡辺弥平治家に伝わる『累世年鑑』(渡辺弥平治家文書その1‐500)である。渡辺家は、旧村役人、また商人でもあった。『累世年鑑』は、天明元年(1781)から数代にわたり渡辺家で書き継がれてきた商業日誌で、商品の相場のほか、日本各地の事件や事故、災害も記録されている。ここから吾妻山の噴火に関する記事を抜きだしてみよう。

 午後五十分頃西方ニテ大ナルヒビキヲナス、之レハ吾妻山噴火由(明治26年5月19日)
 本月壱日朝、余程風有シ故カ吾妻山噴火尤多灰飛来ル、当地ハ桑葉一面ニカヽリタル為ポンプヲ以テ洗落シタリ、其炭色ハ鼠色ニシテイワウ之香アリ、三日午後三時五分信夫郡一切経山之噴火之為雷之如キ音有、続テ又音有(明治26年6月)
 本月拾日吾妻山二度鳴動ス〈午後五時頃朝壱度〉、本年五月十九日初鳴ノ節位ノ鳴動ナリシ、仝拾一日吾妻山又鳴動ス、吾妻山〈十日十一日〉両ニテ都合八度之鳴動アリ(明治26年11月)

 このほか、噴火と直接関係するかどうか不明であるが、前後には数多くの地震が記録されている。
 現在の吾妻山は、やや活動的な状態が続いているという。平成14年(2002)に福島市ほかが作成した吾妻山火山防災マップは、明治26年の噴火と同程度の噴火を想定している。
(轡田克史)
 
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 地域史研究会活動情報
梁川町郷土史研究会
1.研究会
 年間3回実施。2回は会員の発表と討論、1回は専門家を招き学習会を開く。平成16年度は県歴史資料館阿部俊夫課長を講師に「堀江文書」について学習した。

2.現地研修
 文化財散歩(春の一日研修)と秋の宿泊研修を行う。平成16年度の文化財散歩は、阿武隈川の舟運史跡を散策し、29回目の宿泊研修は、山形路を巡った。

3.文化祭への参加
 文化の日を中心に行う総合文化祭では、メーン展示と好評を得ている。17年度の「失われ行く道具展」で32回目を迎えたが、展示テーマの重複を避けているので苦労が多くなってきた。

4.会誌の発行
 梁川町史編纂着手へのアプローチとして「町史資料集」を刊行した。13集からは町史の事業に引き継ぎ、本会では「郷土やながわ」と改題し年刊を目標に発行している。まもなく14号が出版される。会報は季刊。会誌は会員の研究成果を発表する場であるが、郷土への関心を広げてもらうための出版物でもある。文化振興基金の補助をうけているが、今後も内容の濃い親しめる会誌を刊行していきたい。

5.史跡・文化財の保護活動
 発足当時は「梁川城跡を守る」「文化財保護条例制定」などの運動を重点にすすめ、専門家の協力も得た。昭和57年度には、待望の町史編纂が開始されたが、調査員は会員から多数選ばれた。また、研究会を育ててくださった多くの先生方にも、監修の小林清治・専門委員の秋山政一両先生のように編纂委員として町史の刊行を支えて戴くことになった。

 現在、児童生徒の学習支援、公民館の各種講座への協力など続けているが、こうした活動が評価され平成4年に町の「ふるさと大賞」平成9年には「福島県文化振興基金表彰」を受賞した。今後も地域文化の振興に寄与していきたい。そのためにも会員の確保が重要課題で、その方策を検討している。また、以前から資料館の必要性を提言してきたが、伊達市となり行政の広域化で、埋没しないよう活動の中に位置付けたいと考えている。
(副会長 八巻善兵衛)
事務局 伊達市梁川町五十沢字柴崎16
会長 引地幸雄
会費 3000円
会員 57人

 
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 講習会のご案内
歴史資料研究巡回講習会
 福島県歴史資料館では、福島県の歴史に対する認識と市町村史編纂事業への理解を促すことを目的に、歴史資料研究巡回講習会を開催しております。
 今回は、下郷町を会場に、南会津地方の歴史や文化に関する講義を中心に行います。ぜひご参加ください。

日時 平成18年6月10日(土)午前9時~午後4時40分
会場 下郷ふれあいセンター
内容 「東北の一揆・義民(仮)」保坂 智 氏(国士舘大学)
「会津の城館」石田明夫 氏(会津若松市)
「下郷を通る二つの街道~下野街道と松川通り~」佐藤義正 氏(下郷町教委)
「会津藩の組制度」阿部俊夫(当館)
「大内宿の発掘調査から」高橋信一(当館)
受講 1000円(資料代含む)
申込方法 平成18年6月6日(火)までに、郵便・ファックス・メール等にて、福島県歴史資料館までお申し込みください。

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 展示のご案内
資料にみる福島県の歴史
 現在、福島県歴史資料館では、収蔵資料テーマ展「資料にみる福島県の歴史」を開催しています。開催も一ヵ月がすぎ、新たに展示替えを予定しています。
 今回の展示替えでは、「福島県史」編纂時に収集されたフィルムネガから写真パネルに作成し、「ふくしま今昔」と題して明治・大正・昭和の福島県庁・福島市役所・福島の町並を紹介していきます。
 懐かしい写真に出会えるかもしれません。

福島県是資料
 福島県内の実情について、明治43年から教育・衛生・土木・商業・工業・蚕糸業・農業・畜産業・林業・水産業他広範囲にわたり、統計調査をまとめた本です。(大正2〈1913〉年 福島県発行)

東白川郡史
 東白川郡は現在の棚倉町・矢祭町・塙町・鮫川村・古殿町の地域で、郡内の地勢・歴史・産業をまとめた本です。(大正8〈1919〉年 東白川郡史刊行會発行)

大越村
 大越産業組合が創立30年を記念して、江戸時代から昭和までの自然・人文・産業経済などの沿革と史料をまとめた本です。(昭和19〈1944〉年 宗像利吉発行)

福島県通史
 池内儀八氏による最初に編纂された福島県の歴史書です。(大正15〈1926〉年 福島縣史籍刊行會出版部発行)

収蔵資料テーマ展「資料にみる福島県の歴史」
会期 4月22日(土)~6月25日(日)
時間 午前8時30分~午後5時(入館は4時30分まで)
入場料 無料

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友の会から
平成18年度福島県歴史資料館友の会総会開催される
 平成17年3月5日から福島県歴史資料館「友の会」の活動が始まり、早くも一年がたちました。会員数は200名を越え、会員限定展示見学会や友の会講座・歴史散歩などを実施してきました。平成18年度の総会は、5月20日(土)に文化センター2階会議室で開催されました。
 平成17年度の事業報告や決算、平成18年度の事業計画・予算、会則の一部改正を審議し、承認されました。

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